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私の経験した相続事例

T.生前の相続放棄

父親の相続時の遺産分割協議書に、将来の母親の相続時には相続放棄することを全員署名して実印を押した。これは合法か?

Aさんの父親は、土地約500坪と銀行預金約1000万円、貸家5棟、そして30台収容の駐車場という資産を残して、老衰で亡くなりました。正式な遺言書はなかったのですが、
@ 長男のAさんがこの家を継いで母親の面倒をみ、先祖の墓を守ること。
A サラリーマンの次男には土地50坪、嫁にいった長女と次女にそれぞれ500万円を分けること。
B 残った財産は全部長男が相続すること。

以上のことを、父親は繰り返し家族の前で話していました。遺族5人(母親、長男、次男、長女、次女)に異論はなく、遺産分割協議で正式に全員承諾しました。
ところが、上記の分割方法で相続税の試算をしてみると、税額が約2億円になってしまいます。「そんな多額の預金はないし、土地を売却しなくてはならない。合法的に節税する方法はないか」とAさんから相談を受けたのです。
その結果、財産の半分を母親が相続すれば、税金は約1億円ですむということで、本来ならば母親は相続を放棄することになっていたものを、節税のために半分を相続することにし、あらためて全員で協議のうえ承諾しました。
ただ、近い将来母親が死亡したときに、母親の財産は全部長男が相続することにしたいとの希望でしたので、遺産分割協議書のなかに次の条項を記載して、後日に問題が起こらないようにしました。
@ 将来○○○○○(母親)の相続が発生したときには、長男○○○○○が母親の遺産全部を相続し、他の相続人全員は相続放棄すること。
A 相続税は長男が他の相続人の税金を負担する。


そして、5年後に母親は死亡しました。
お通夜、告別式、初七日も終了して、四十九日の日に、Aさんは父親の相続時の遺産分割協議書を兄弟に見せて、前記のとおりの条項があるので、母親の財産をAさんが相続することで承諾してほしいと説明し、「全員の印鑑証明書と実印を押してもらいたい」と申し入れました。
ところが、兄弟のなかの1人が、
「5年前はたしかに、母親の相続時には放棄すると実印を押して承諾したが、いまは放棄する気持ちはない」
と、言いにくそうに主張したのです。Aさんは、
「だって5年前にオレが全部もらうことに決まっていたのを、税金を安くするため便宜的に母親が相続したことにしただけだから、5年前にオレが相続したも同然だ」
と主張しますが、弟も負けてはいません。
「でも、人間の意思は月日がたてば変わるのだから、あのときと、いまとは違う」
ここでだいぶゴタゴタがつづき、話し合いはお流れとなってしまいました。さて、このケースは法律的にみてどちらに軍配があがるのでしょうか?
単純に考えると、自ら署名して実印を押したのだから、母親の相続では、長男以外の相続人は当然放棄することになると思われますが、法律的にはまったく逆の解釈となります。その根本的な考え方は、民法では「相続放棄は被相続人の生前中にはできない」ということにあります。

ただし、よく考えておきたいのは、相続人全員に良識があり、良心的な心の持ち主だとしたら、ほんの数年間のことで簡単に約束を破れるものか、ということです。やはり人間、欲には勝てないのでしょうか?

一方、最初の相続の遺産分割協議書で、将来発生する2次相続での相続放棄は、法律的には無効であることを、長男のAさんは認識して行動すべきでしょう。
それではこのような約束違反行為を防ぐことはできないのでしょうか?他に方策はないのでしょうか?この“争族”を防ぐ法律的な手続きは、次の二つの方法です。
長男に全財産を相続させたいときは、被相続人(このケースでは母親)の生前中に、次男・長女・次女の相続人に遺留分の放棄をしてもらうことと、被相続人が全財産を長男に相続させるという遺言書を作成することです。

@ 長男以外の相続人が家庭裁判所へ遺留分放棄許可審判申立書を提出して許可を受ける。
A 被相続人が全財産を長男に相続させる遺言書を作成する。

この二つの手続きをふめば、完全に全財産を長男に相続させられます。もちろんこの前提として、次男たち相続人に対して、生前中にそれなりの財産を贈与したうえで、遺留分の放棄の申し立てをしてもらうことが必要です。